桂米朝『饅頭こわい』

仕事場からの帰りのクルマの中で久しぶりに桂米朝の落語を聴く。
生まれて初めて聴いた落語は小学校3年のときに
父が買って来たテープの古今亭志ん朝の『火焔太鼓』だったが
初めて聴いた上方落語桂米朝の『饅頭こわい』であったはず。

          『饅頭こわい』
金はないけどヒマだけはあるというような若い衆が寄ると
しょうもない話にも花が咲いて。
「嫌いなもんの話しよか」
「ワイは蛇が嫌いや」
「ワシャ蟻が嫌い」
「なんでや」
ってなことで盛り上がっていると
いつも済ました顔でみんなの話を
「お前らアホかいな」
ってな様子で聴いているみっつぁん。
「みっつぁんは嫌いなもんなんや?」
「ワシは…饅頭が怖い」
ここから話は急展開、日頃な〜んとなく馬鹿にされているような気がする
みんなでみっつぁんに仕返ししたろやないかと盛り上がるのだが…。

親父が買って来て擦り切れるほど聴いた『饅頭こわい』と
このCDのそれは同じ録音ではない。
台詞の微妙なところが違うし
(なにしろ暗記するほど聴いた)
客のテンションも違う。
客のテンションも違うから当然演じる米朝のテンションも違うわけで
同じ台詞でも間の取り方が微妙に違う。
具体的に言うとテープで昔聴いたほうが
客も演者もテンションが高い。
場内が沸き返るほど受けているのが
テープで聴いているこちらにも伝わって来る。
米朝もノリノリで畳み掛けるように話していく。
このCDも面白いのだが、ほんのコンマ数秒テンポが緩い。
ほんとに微妙な違いなのだが
テープのほうのリズムに慣れていると気になる。
このCDで初めて米朝の『饅頭こわい』を聴く人には
十分満足できるレベルなんで
心配ゴム用なんですけど。


それにしてもこの話、“マクラ”が長い。
枕とは本題に入る前の前置きのこと。
往々にして上方落語江戸落語よりマクラが長いのだ。
江戸落語のほうがあっさりとしている。
『饅頭こわい』の前半、若者たちは集まって下らん話を延々としている、
その描写をたっぷりと聴かせる。
ここが演者の腕の見せ所だよね〜。
これが後半の展開に効いて来る。
本題に入ってからダアアッと畳み掛けるようにサゲへ向かう
勢いがこのマクラによって生きてくる。
この前半のダラダラ(話自体はテンポよく進むので飽きさせない)は
タランティーノに通じる?


話はヒマな若いもんが集まって与太話。
「好きなもん」を挙げていこうというところから始まる。
ひとりひとりが個性的な解答をしておかしい。
「おぼろ月夜」が好きというヤツに
「おぼろ月夜を食うのか?」
と尋ねれば、そうではない。
「おぼろ月夜の晩にワシがフラフラ歩いていると
大金が入った財布を拾う。
それを交番に預けると忘れた頃に警察から連絡があって」
結局そのお金は自分のものになる、それが好きだと。
「そんなん誰かて好きや!」
こっちも突っ込みたくなる。
「嫌いなもんといこか」
狐が嫌いなヤツは、嫌いになるまでのエピソードを延々と語る。
これがまたバカバカしい。
後から来たおやっさんは日頃から怖いもの知らずで知られている。
そのおやっさんが生涯にたった一度だけ怖いと思ったものは?
ここが本当にオモロい。
ここも狐の話も、独立したひとつの噺として成立させてもいいほど。
実際元は別の噺だったのをひとつにまとめたのかも知れない(未確認)。
そんなこんなでマクラに20分以上も費やす。
そしていよいよみっつぁんの出番だ。
ここから先が畳み掛けるようにサゲ(オチ)に向かっていく。
みっつぁんはなぜ「饅頭」を怖がるのか?
本当に秀逸なサゲだと思う。
これぞ落語!是非ご一聴を!!


人間国宝である桂米朝は近年高齢のため独演会は行っていない。
数年前歌舞伎座で行われた
最後の独演会の様子をNHKで以前放映していたが
高座自体の出来不出来よりも、終わったあとの楽屋で
「失敗した…」と激しく落ち込む師匠の姿に
芸に一生を捧げた落語家の凄まじいほどの芸人魂を感じ圧倒されたものだ。
このCD米朝が一番脂が乗っているときのもの(平成2年12月) 。
同録されている『除夜の雪』は
あまり楽しい話とは言えず好きではないのだが
至高の話芸を存分に味わえる一枚ではある。


これを機会にまた落語をいろいろ聴きたいなあ。
さしあたって米朝の『百年目』がこわい。

特選!! 米朝 落語全集 第十八集

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