『シンドラーのリスト』(DVDで鑑賞)

hacchaki2007-09-08

「取りこぼし映画」というのはいっぱいあって
この映画もそのひとつ。と、言う訳で観ます太よ。


こういうひとつの史実をもとに描かれて
なおかつ「善行」や「難病」について描かれていたりすると
「映画として」どうかということが置き去りにされ
手放しで誉めなきゃいけないような雰囲気がありますが
あえて「映画として」はどうなのか
それについてちょっと書いちゃいますYO。


映像は文句なし。カメラワーク、色彩、明暗、
どれをとっても素晴らしい。
ではストーリーは?
だいたい伝記物っていうのは事実に対して
忠実に描けば描くほどそれほど面白くなくなる
というのが通常です。
この映画もその枠組みから外れることはない。
ワタクシ的にはシンドラーが初め自分の事業において
ユダヤ人を使えば安く上がるぞ!いう意図で
収容所から労働力を確保していたのが
義憤にかられて「リスト」を作成し
積極的にユダヤ人を救い出そうとする姿勢に変わる
その転換点が曖昧だったのが惜しい。
もし「金儲け」→「人道主義」への転換があったのなら
もう少し決定的なインパクトを受ける瞬間があったのではないか。
それがないことがナチュラルとの見方も出来るけど
「映画」としては迫力に欠けてしまう。
そこがないのでネットのレビューなどでもよく議論されている
ラストの演説シーンも取ってつけたような印象を与えてしまう。
ラストでいきなり「ドラマ性」を突きつけられるわけですから。


でも、それを差し引いても
ラストの「このクルマを売れば10人救えた…。」
というシンドラーの慟哭は今の一見平和な世の中で
一般的な善悪の判断がつく多くの人にとってみれば
大きくうなずかざるを得ないセリフです。
あの状況であなたがシンドラーだったら
きっと同じように思うはず。
私財を投げ打って1000余人の
ユダヤ人の命を救ったシンドラーでさえ
「すべてを捨てて」というところまではいかなかった。
そういう意味でもシンドラーは「普通の人」。
迫害されるユダヤ人も普通の人。
ユダヤ人を無表情に撃ち殺す収容所長もまた普通の人。
そんな普通の人たちを3者3様の地獄に陥れる
戦争っていったいナンなんだろう?
列車で輸送されるユダヤ人に向かって首を切る仕草をする子供。
教育の、全体主義の恐ろしさ。


この映画にはナチスの上層部は出て来ません。
ほとんど「現場」のみ。
ゆえに「政治的な思惑」などにはほとんど触れず
「現場で何が起こっているのか」のみに焦点が絞られている。
これはとても功を奏していて
淡々と(最悪の方向に)進んで行く日常が
観る側にもリアルに迫って来ます。
現場にとってみれば政治的な思惑なんて
考えている余裕はないわけで
まさに「事件は現場で起こっているんだっ」なわけです。
「最終的に1000人のユダヤ人が救われる」と
知っている目で観ても・・・ていうか
1000人くらい救ったところで、という
虚しさにとらわれます。
そら、現場に居たら普通の感覚なんて
ほんの1、2日で麻痺しますわ。
麻痺させなければ生きて行けないんだから。


その点でレイフ・ファインズ演ずる
収容所長が面白かった。
冷血変態快楽殺人者でありながら
シンドラーの思惑に簡単に乗せられて気づかず
どこかに「弱さ」「脆さ」をひた隠しに隠している。
自分が役者だったらシンドラー役よりも
収容所長の役がいいなあ。絞首刑のシーンはイヤだけど。
レイフ・ファインズの演技は絶品だったと思います。


対するシンドラーについては心の動きが平坦で
彼が画面に映るとスタイリッシュでかっこいいけど
どこか2歩も3歩も引いて観ざるを得ない。
そこがこの映画のなんとも歯がゆいところでした。
まあナニゴトにも動じない強い心があったからこそ
1000人のユダヤ人を救うことも出来たといえば
そーなのかも知れませんが。


なんにせよこれだけのスケールで
ナチスの悪行をこれでもかと描くことができるのは
やはりスピルバーグだからこそなせる技なので
スピルバーグってのはスゴい人だなあと思いました。
(好き嫌いは別として)
全編モノクロ(部分カラー)でラストに
時間が現在に写って初めてカラーになるのですが
そこがこの映画の一番のキモでもあります。
長いし辛いけれど最後まで観るべし!
まあ、みんなすでに観てるだろうけどさ…。